SPECIAL TALK スペシャル 対談

ブロックが描き出す、揺るぎないアイデンティティ。 新社屋という「新たな原点」を語る。

ブロックのみで構成された純粋なる構造物。素材が持つ質感と量感を最大限に引き出したマツオコーポレーションの新社屋は、企業の新たな象徴として、そして街の新たなランドマークとして、圧倒的な存在感を放ちます。この独創的な建築はいかにして構想され、形を成したのでしょうか。その背景を紐解くのは、プロジェクトを主導した弊社専務の笠井と、設計を担った建築家の出江潤氏。新社屋誕生までの足跡を辿りながら、この建物に込めた想いを、両名の対談を通じてご紹介します。

「負のイメージ」から「美しきアイコン」へ、
ブロックの概念を変える

まず、この新社屋を建てるに至った背景やきっかけについて教えてください。

笠井 私が入社した当時、震災のたびにブロック塀の倒壊現場が繰り返し放映されていました。ブロックは被害状況が視覚的に分かりやすく、取り上げられやすかったのだと思いますが、「ブロック=危険」という印象が根付いてしまうことが懸念でした。正しく積めば安心安全であることを業界を挙げて訴えてはいましたが、機能面の説明だけではなかなか届きません。私は建築を学んだ人間として、人の心を動かすのは機能よりも、美しさや感動ではないかと考えました。そこで、自社製品で美しい建物を造ることでまずは関心を持ってもらい、そこから機能面への理解を広めたいと考え、出江さんに相談を持ち掛けました。

出江 ブロックは安価で手に入りやすいため日本中に広く普及していますが、その反面、正しく施工されていないケースも多いんです。本来は非常に可能性を秘めた素材なのに、その真価が誤解されている現状は、私としても見過ごせないものでした。何より「ブロックのイメージを変えたい」という笠井さんの熱い想いに共鳴し、私自身も襟を正してこのプロジェクトに臨もうと決心しました。

出江さんは笠井さんの想いを受け止めた上で、どのように設計の指針を立てられたのでしょうか。

出江 会社の歴史を伺う中で、当時の写真が強く印象に残りました。創業者である笠井さんの曽祖父さんとお祖父さんが大阪府知事や警察署長と並んで写っており、府内の中心的な企業であったことがわかります。背景には当時製造されていた洋瓦を焼成する大きな煙突があり、「煙突のところ」という宛名で手紙が届くほど街のランドマークだったそうです。それをお聞きして、新社屋は街のランドマークであり、かつブロックの美しさを伝えるアイコンとなるものを造るべきだと考えました。

アイコンとしての建築を実現するために、どのようなことから始められたのでしょうか。

出江 まずは素材そのものを理解する必要があると考え、笠井さんとブロック自体の共同開発に取り組みました。この建物は、ブロックを型枠として中に鉄筋コンクリートを流し込む工法を採用しています。型枠を外す必要がなくそのまま外壁の仕上げになるため、廃材が出ないサステナブルな工法です。

笠井 形状にも工夫を凝らしました。コンクリート構造で重要なのは、中の鉄筋を錆から守る「かぶり厚さ」の確保です。ブロック横筋挿入部の深さを上下で変えることで、コンクリートの厚みを十分に持たせつつ、ブロック自体の強度も担保しました。

強度と意匠の両立は、一筋縄ではいかなかったのでは。

出江 従来品の型枠ブロックはありましたが、今回は大規模な建物のため使う鉄筋も太くなります。強度を落とさずに内部スペースを確保できるよう、形状の改良を重ねていきました。

笠井 自社で開発を行っているため試作自体はスムーズでしたが、製造用の金型作りは一発勝負です。マシンメーカーや社内の担当者と議論を尽くし、「これならいける」という確証を得てから製作に踏み切りました。

「積む」という建築行為に宿る、
根源的な美しさ。

積み上げる行為の美、壁という造形の美。

そもそもコンクリートブロックだけで建物全体を構成するというのは、業界的にも珍しいことなのでしょうか。

笠井 コンクリートブロック造には、大きく分けて2つの工法があります。ひとつは一般的な三つ穴ブロックを使う「補強コンクリートブロック造」。もうひとつが今回採用した、ブロックを型枠にして鉄筋とコンクリートを一体化させる「鉄筋コンクリート組積造(RM造)」です。ブロック職人の技量がそのまま仕上げの美しさに直結するため、腕の確かな職人の確保が不可欠ですが、木造やRC造に比べると経験者が少ないのが現状です。また実務面でも、この工法を熟知している審査機関が少なく、理解のある機関を探し出すのにも苦労しました。

実際の設計において、特に苦労された点やこだわられたのはどのような部分でしょうか。

実際の設計において、特に苦労された点やこだわられたのはどのような部分でしょうか。

出江 今のRM造の弱点をどう打開していくか。つまり、既成概念をどこまで打ち破れるかというところでした。この社屋は柱や梁がなく、壁で構成されています。その場合、閉鎖的な空間になるのですが、この建物では内部の壁開口を最大化し、上下・水平方向ともにワンルームの大きな空間を実現しています。

壁構造でありながら開放的な空間を実現したというところが、大きな特徴なのですね。

出江 もうひとつ大切にしていたのは、産業としての面白さを伝えることでした。実はブロックはサステナブルな「地産地消」の建材です。重量があり安価なため、遠方へ運ぶことは稀で、大阪で作られたブロックはほぼ近畿圏で使われます。材料も地域調達が基本です。こうした背景をどう社会に伝え、建築としてどう表現するかも大きなテーマでした。

ブロックが地産地消の素材だとは知りませんでした。笠井さんとしても、ブロックのそういったことを伝えていきたいという想いをお持ちだったのでしょうか。

ブロックが地産地消の素材だとは知りませんでした。笠井さんとしても、ブロックのそういったことを伝えていきたいという想いをお持ちだったのでしょうか。

笠井 その想いもありますが、そこが発端だったわけではないですね。私は、ブロックは美しいものだと思っているんです。建築家を目指していた学生時代、『建築家なしの建築』という本に出合いました。土着の文化に根付いた建築、民族的な住居などを取り上げている本なのですが、その中によく出てくるのが組積造なんです。ものを積み上げていく行為というのは、人間にとって最も原始的な建築行為なのではないかと思います。ですから、その延長線上にあるブロック造というのは、建築の根源的な美しさが宿っていると感じていました。

幼い子どもが積み木で遊ぶように、積むというのは建築の原点というか、もっともシンプルな建築行為なのですね。

笠井 積み上げるという行為の美しさと、壁で構成される建築の美しさ。このふたつが重なったものが、私にとってのブロック造だと思っています。

ちなみに笠井さんご自身は、子どもの頃からブロックの美しさを感じておられたのですか。

笠井 いや、全然そんなことはなくて(笑)。父がブロック会社をやっていることは知っていましたが、街中でブロックを見ても風景の一部としか思っていませんでした。ただ、設計の勉強をしていた学生時代から、軽やかで華奢な建築にはあまり魅力を感じなくて。それより、もっと重量感のある、マッシブな建築が好きでした。いま振り返ると、そういう佇まいの建物が好きだったことも、ブロックだけで構成されたこの社屋につながっているのかもしれないですね。

北側壁面が見せる、圧倒的な存在感。

ブロックの開発から設計の細部に至るまで、並々ならぬ情熱を注いでこられた新社屋ですが、建物の見え方についてデザイン上で意識されたことはありますか。

出江 この敷地の入口は一本道なのですが、敷地に入った瞬間に建物が目に入るので、ブロックの量感をしっかり感じてもらえるようにしたいと思いました。そのために、北側の立面は窓を設けていません。窓をなくすことで、ブロックの存在感を最大限に見せることができます。これは設計のかなり初期段階から決めていました。

笠井 言葉で「ブロック屋です」と説明しなくても、建物を見ただけでそれが伝わるようなものにしたかったんです。

坂を上がった瞬間に建物が目の前に現れ、その圧倒的な存在感に驚きました。完成した社屋を目の当たりにしたときは、どのようなお気持ちでしたか。

笠井 印象に残っているのは、外部の足場が外れたときです。あの瞬間は本当に感動でした。中でもやはり、北側のファサードですね。ブロックで構成された壁面がパッと見えたときは、壁そのものの美しさに強く感動しました。

出江 いま駐車場になっているところに旧社屋が建っていたので、旧社屋が解体されて建物の全貌が見えたときは、感動ひとしおでしたね。

思いが結実した瞬間だったのですね。社員の皆さんはどのような反応をされましたか。

笠井 とても喜んでくれました。特に製造担当は、自分たちのブロックが現場でどう積み上げられるかを見る機会がほとんどありません。日々工場で作っている製品が、これほどのクオリティの建築として完成した姿を目の当たりにし、感動している社員も多いですね。自社製品に対する自信と誇りが芽生えたと感じています。

この社屋が完成したことで、会社として変化を感じる部分はありますか。

笠井 数々のメディア掲載をきっかけに、お問い合わせをいただくことが増えました。単なる外構の相談に留まらず、建物そのものの設計や、同様のブロック造を実現したいといったご相談が、著名な建築事務所やスーパーゼネコンの設計部からも寄せられるようになりました。この社屋ができるまではそのような問い合わせはなかったので、建築業界での認知は高まったと感じています。

まさに新社屋の存在が、ブランディングやイメージアップにもつながっているのですね。

笠井 業界内でも、この社屋のことを明るいニュースとして取り上げていただきました。自社製品で社屋を建てたことに対し、同業者の方から「ブロックメーカーの社屋はこうあるべきだよね」と言っていただけて、非常に光栄でした。見学の方も多く来られるようになり、「ブロックが積まれたいように積まれている建物だね」と言っていただけたことも印象に残っています。

「積まれたいように積まれている」というのは、どういった意味なのでしょうか。

笠井 要するに「無理がない」ということだと思います。特別なギミックがあるわけではありません。ただ、出江さんが得意とされる細部への徹底したこだわりを、一切手を抜かずに行っている。「神は細部に宿る」と言いますが、ディテールとブロックの積み方の整合性が取れ、すべてが美しく収まっている。それを象徴する言葉なのだと。

新社屋完成はゴールではなく
未来へつなぐ挑戦のスタート

最初に「自社のブロックを使って美しい建物を造ることでまずは関心を持ってもらいたい」とお話されていましたが、この建物ではブロックのポテンシャルが十分に発揮されているということですね。

笠井 そうですね。そう思っています。最近は表面加工や着色を施した製品も多いですが、ブロックの色は本来グレーです。私はそのありのままの美しさを最大限に表現したいと考え、プロジェクトに取り組みました。出江さんとは長年のお付き合いで深い共通理解がありましたし、施主・設計者・施工者が一丸となって想いを共有できたことが、最終的なクオリティにつながったと思います。

出江 竣工まで5年を要した長いプロジェクトですが、物語はもっと前から始まっていました。笠井さんが学生時代、僕の事務所にオープンデスクに来てくれた縁があり、数年後には共に働く仲間となりました。そこで重ねてきた対話のすべてが、このプロジェクトに繋がっている気がします。これほどの条件が揃った仕事には、生涯二度と出会えないかもしれません。それほど恵まれた環境で取り組めた、特別な仕事でした。

笠井さんは、この社屋を建てようと思ったときから、出江さんに設計をご依頼されるおつもりだったんですか。

笠井 他の人とやるという選択肢は全くありませんでした。考えたこともなかったですね。

出江 そう言ってもらえると嬉しいですね(笑)。ただ、このプロジェクトは笠井さんとの協働があってこそ成立したものです。建築専門誌『新建築』の設計者欄にも笠井さんの名があるように、彼は施主でありながら設計者でもあり、さらに施工にも深く関わるスーパーマンのような存在でした(笑)。

笠井 つい先日もコンクールの審査があり、審査員と見学の方が来られたのですが、気がついたら、私が屋上のディテールについて説明していて。審査員の先輩建築家に、「施主がいちばん詳しい」と笑われました(笑)。

ものすごく詳しいお施主さんですね(笑)。今のお話にもあるように、この建物はさまざまな賞を受賞されています。受賞の知らせを聞いたときのお気持ちはいかがでしたか。

出江 受賞は光栄ですが、これがゴールだとは思っていません。ブロックという素材の可能性を追求する挑戦は今も続いています。この優れた建材をより広く周知したいですし、業界を明るくしたいという思いもあります。今回の評価もその一歩として喜ばしいですが、まだ道半ばという感覚ですね。

笠井 先日、公益社団法人 大阪府建築士会主催の第69回大阪建築コンクール 大阪府知事賞を獲得することができました。名誉ある賞を獲得できて、とても光栄です。

出江 ただ、こうした賞は実績の積み重ねが評価されるものですし、そもそもブロック建築の真価はまだ十分に知られていません。これから活動を積み重ねていくことで、さらに高い評価に繋がっていくはずだと確信しています。

笠井 木造や鉄骨造は外観から構造を想像しやすいですが、ブロック造は一見しただけでは仕組みが伝わりにくい。その分からなさが面白さでもあり、審査などでは不利な点でもあると感じました。だからこそ、ブロックの可能性を正しく伝え、表現する活動はこれからも続けていかなければならないと思っています。

まだゴールではなくて、ここからですね。

笠井 そうですね。ここからがスタートです。

●受賞歴

  • 2024年 JIA優秀建築選 入選
  • 2025年 日本空間デザイン賞 銀賞受賞
  • 2026年 JIA環境建築賞 入選
  • 2026年 日本建築学会 作品選集2026 入選
  • 2026年 第69回大阪建築コンクール 大阪府知事賞 受賞