2036年に創業100周年を迎えるマツオコーポレーション。その節目に向け、自社の原点であるコンクリートブロックで構築された新社屋の建設など、挑戦的な取り組みを続けています。これまでの歩みを振り返り、次の100年をいかに築くのか。専務取締役 笠井 健太が語ります。

―創業100周年に向けて、まずは創業から今日までの歴史をお聞かせください。
左官職人だった私の曽祖父が、1936年(昭和11年)に一念発起して会社を興したのが始まりだと聞いています。千里丘陵は良質の粘土が採れるので、この地で瓦の製造を始めたのが原点です。当初は洋瓦を製造していましたが、瓦の需要がどんどん低下していく中で、1959年(昭和34年)にコンクリートブロックの製造に移行しました。1980年(昭和55年)からは現社長が、インターロッキング舗装材の製造を始めています。
―ブロック製造だけでも、70年近い歴史があるわけですね。その間、ブロック業界の変遷というのはどのような感じだったのでしょうか。
メーカーの数は大幅に減少しています。50年ほど前は大阪にも200社くらいありましたが、今ではわずか5社くらいです。ブロック製造は人力に頼る工程が多く、かつての当社も同様でした。そこへ現社長が大きな決断を下し、一気にオートメーション化へと舵を切ったのです。結果として、こうした投資に踏み切れた企業が生き残っています。この傾向は全国的にも同様で、今もなおメーカーの数は少しずつ減っているのが現状ですね。
―ブロックの需要そのものはいかがでしょうか。
住宅の外構に使われることが多いので、やはり住宅着工件数の減少とともに出荷量は全国的に落ちて来ています。
―ということは、なかなか厳しい状況では。
コンクリートブロックは安価に大量生産できる点が強みですが、一方で大量に作らなければ採算が合わないという側面もあります。近年はニーズの多様化が進み、従来の大量生産モデルが時代にそぐわなくなってきているのも事実です。ただ、落ちているとはいえ、確かな需要は存在します。
実はコンクリートブロックは非常に歴史のある建材で、日本で2番目にJIS規格が制定された工業製品とも言われています。それほど長く日本の発展に寄与してきた建材ですから、その火を絶やさないことは、弊社のみならず業界全体で取り組むべき使命だと考えています。

―そうした中で、ブロックの価値や魅力をどのように高めていくべきだとお考えですか。
業界全体で、コンクリートブロックに携わる人たちの働く環境や評価の向上を考える必要があると思っています。現状、コンクリートブロックは安価でありふれたつまらないものと見られがちです。それでは職人の担い手も増えず、業界の発展にはつながりません。消去法で選ばれる仕事ではなく、「かっこいい仕事」として選ばれる状況を作ることが重要だと考えています。
例えば、ブロックを積んだ後に塗装してしまうと、職人が丹精込めて積んだ手の跡が消えてしまいます。それでは、きれいに積む意義もモチベーションも薄れてしまう。ブロックを積んだ状態がそのまま仕事として残る建物を造ることが職人の誇りになりますし、そういった質の高い仕事をメーカーが創出することで担い手の増加にもつながると思います。
―そういう意味では、ブロックそのもので仕上げた本社屋は、まさに象徴的な存在ではないでしょうか。

―そういう意味では、ブロックそのもので仕上げた本社屋は、まさに象徴的な存在ではないでしょうか。
そうですね。私自身、コンクリートブロックを純粋に美しいものだと捉えています。建築を学んだ経験からも、人の心を動かすのは単なる機能性以上に、美しさや感動ではないかと考えています。まずは自社製品を使って美しい建物を造り、興味や関心を持っていただく。そこから改めてブロックの機能的な価値を理解してもらえればいい。本社屋には、そんな想いを込めています。
―ブロックの持つ可能性を示したわけですね。
そうですね。それと同時に、ブロックの価値や評価を高めることで、出荷量が減っても適正な単価と利益を確保できる構造にしていく必要があります。
また、安全性への信頼も重要な課題です。震災のたびにブロック塀の倒壊が繰り返し報じられることで、世間には「ブロック=危険」というネガティブな印象を持たれがちです。視覚的に被害が分かりやすいため象徴的に扱われがちですが、このイメージを払拭することが不可欠です。現状、ブロックを積む作業は誰にでもできる簡単なものと軽視されがちですが、それが質の低下や事故を招く一因にもなっています。私は現在、全国コンクリートブロック工事業協会の理事も務めていますが、技能士資格の活用などにより、確かな技術を持つプロでなければ施工できない仕組み作りを推進しています。
一見、メーカー自ら施工のハードルを上げることは、身を削る行為に見えるかもしれません。しかし、メーカーが主導して技術と安全に真摯に取り組む姿勢を示すことこそが、ユーザーの認知を変え、最終的な信頼に繋がると信じています。
―自社だけでなく、業界全体やブロックそのものの価値を高めることを大切にされていることがよくわかります。
コンクリートブロックは、地域の素材でつくり、地域で使う地産地消という特徴があります。そのため、一社が全国に大量出荷する構造にはなりにくく、中小企業が多い業界です。各社が持てる力には限りがあるからこそ、同じ業界の仲間同士で力を合わせ、それぞれが抱える共通の課題を乗り越えていくことが、これから生き残っていくために必要だと感じています。

―業界の中で、どのような立ち位置の会社でありたいと考えておられますか?
変わり者でありたいですね。
―具体的にどういう意味でしょうか?
私自身が周りからは変わり者だと思われていまして(笑)。見た目もそうですし、臆することなく、思ったことはどんどん発言しますから。最近は少し落ち着いてきましたが、入ったばかりの頃はかなり噛みついていたと思います。
当社は全国的に見ると、主要メーカーの中では中堅に位置する規模です。潮流を作るほどではないものの、業界に全く影響を及ぼさないわけでもない、当社の規模感だからこそできることがあるのではないかと考えています。それは例えば製品ラインナップであったり、一分野への特化であったり、何か自社の特色を明確にしていくことが、結果としてブランティングにもつながるはずです。私自身のキャラクターも含めて打ち出し、「マツオファン」が増えていけばいいなと感じています。
―笠井専務ご自身は、どのようなところが自社の強みや特徴だとお考えですか?
製品ラインナップ自体は業界で広く普及しているものが中心ですが、すべての製品で安定した在庫を常に確保している点が強みです。また、当社は立地条件にも強みがあります。全国のメーカーの中でも交通アクセスに非常に恵まれた場所にあり、中央環状線や新名神、近畿道、中国道といった主要道路のハブに位置しています。そのため、製品そのもの以上に「流通面での機動力」が大きな武器だと考えています。施工者にとって使いやすい配送体制や在庫状況などは、特に力を入れている部分です。
加えて、現在では東京などではほとんど見られなくなっている「手下ろし」にも対応しています。機械が入らない狭い住宅地などでは、小回りの利く3トントラックでの手作業による荷下ろしニーズが根強くあり、そうした現場での使い勝手の良さという点で、重宝していただいていると感じています。
―流通や現場のニーズに応える体制が、大きな強みになっているのですね。笠井専務が入社されてから取り組まれてきたことや、社内の変化についてはいかがでしょうか?
私自身が建築家として培った経験や観点を生かして製品開発に関わっているので、これまでにない発想での開発ができているかなと思います。もともとものづくり出身なので、営業はあまり得意ではないんですが、その分、細かなニーズに応えられるようなものづくりは意識しています。

―社内に向けては、どのようなことを大切にしておられますか?
社員とその家族、そして関わる人々の幸せを大切にしたいと考えています。当社は、個人事業主として専属で関わっている職人を多く抱えています。そうした方々も社員と同じように、大切な仲間です。ブロック業界に関わる下請けの方々も含めて、すべての人たちの待遇改善に取り組むこと。それが後継者の確保にもつながり、ひいては持続性につながると考えています。
―社員の皆さんが、個々の力を発揮するために工夫されていることはありますか?
一人ひとりの裁量を信頼して、任せているところでしょうか。例えば、営業にしても研修期間はしっかり設けますが、研修後は本人の裁量に大きく委ねています。その分、プロとしての責任感を持って取り組んでもらえていると感じています。服装などの細かなルールもありません。製造部は定時が16時までなので、子育てとの両立もしやすい環境です。長く働いている社員が多く、一度定着すると居心地の良い会社なのではないかと思います。
―そうした風土が、高い定着率に結びついているのですね。
そうですね。10年、20年と長く続けてくれる社員もいますし、勤続37年になる製造部長は、私が1歳の頃から会社にいて、成長を見守ってくれた存在でもあります。
―37年! まさに会社の歴史そのものですね。
自分の子どもが生まれたとき、実の父よりも先に製造部長に高い高いをしてもらいました(笑)。本当に家族のような関係性ですね。
―今後「こういう人に入ってもらいたい」「こんな社員がいてくれたら嬉しい」といったイメージはありますか?
若くて意欲があるのはもちろんですが、何より「仲間を大切にできる人」がいいですね。仕事のスキルや効率といったものは、いくらでも伸ばせると考えています。ですから、当たり前のことを誠実に守れる方であれば、自ずと仲間として定着してくれるはずです。
「人間として大切なことをきちんと守る」、これは私自身が最も重んじていることでもあります。その上で、自分たちが扱うコンクリートブロックを好きになってくれたら、それが一番嬉しいですね。

―創業100周年に向けて、これまでの長い歴史を背負うことについて、どのようにお感じですか?
歴史とは積み上げていくものです。ブロックも基礎がしっかりしていなければ上が安定しないように、経営の基礎は理念や哲学、そして社員への想いにあると考えています。
実は、私の祖父の代には、家財に差し押さえの札が貼られるほど困窮した時期もあったと聞いています。集金ができなければ帰りの電車賃すらない、そんな時代を乗り越えて、この会社を維持してくれました。バブルのような浮ついた時代にも、決して本業を疎かにせず、自社製品の強みを信じて真面目に向き合ってきた。歴代の役員や社員たちが身を粉にして支えてくれたからこそ、今があるのだと感じています。
―そうした先代や社員の方々の想いが、今のマツオコーポレーションの信頼に繋がっているのですね。
そうですね。現場で「マツオのブロックがいい」と言っていただけるのは、製品の表情や積みやすさといった細かな品質を、社員たちが守り抜いてきた結果です。私にできるのは、そうした社員や職人、運転手の皆さんに、仕事を通じて恩返しをしていくこと。その一心です。
―ご自身は、歴史ある会社を担うことへの重圧はありませんでしたか?
もちろん、葛藤はありました。誰しも「自分の力で道を切り拓きたい」「親のレールには乗りたくない」という思いはありますから。私は一度、建築の世界に飛び込みましたが、当時お世話になった建築家の方々と仕事をして、その才能には到底かなわないと痛感しました。それなら、あえて違う立場に身を置くことで、いつかまた一緒に仕事ができるのではないか。そんな考えもよぎりましたが、それでもやはり、家業を継ぐことへの抵抗はすぐには消えませんでした。
―それでも、最終的に継承を決意された決め手は何だったのでしょうか。
自分の血となり骨となっているものは何かと考えたとき、やはりマツオコーポレーションを支えてきた人たちの頑張りによって、今の自分があるのだと気づきました。自分が継がなければ、誰が継ぐのか。社員やその家族、関係する人々を合わせれば、1000人近い人たちの生活があります。私一人の「自由に生きたい」という思いと、1000人の人生の重みを天秤にかけたとき、どちらを取るべきかは明白でした。それはもう、抗えない宿命のようなものだと感じています。
―それだけの人の人生を背負というのは、かなりの覚悟がいることかと思います。その覚悟は、社員の皆さんにも伝わっているのではないでしょうか。
何とか恩返しをしたいという私なりの決意は、少しずつ感じてもらえているのかなと思います。待遇改善についても最優先で取り組んでいますが、一足飛びにはいかない現実もあります。そうした状況も理解し、逆に社員の側が私のことを慮ってくれている、そんなふうに感じることさえありますね。
―では最後に、これから先、それこそ次の100年に向けては、どのようなビジョンを描いておられますか?
世襲が正しいのかという議論はありますが、自分の子どもに「継がせたい」と思える会社にすること。それが一つの理想です。それは、会社の状態が健全で、社員や関係者にとっても良い環境であることとイコールだと思います。
利益だけでなく人の成長や人間関係を大切に、土台を固めていく。正解を模索しながらではありますが、その歩みの先に、150年、200年と続いていく未来があるのだと信じています。
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